センチュウ(線虫)被害防止のコンパニオン・プランツとして有名なマリーゴールド。しかしマリーゴールドにはフレンチ・アフリカン・メキシカンなどの大まかな種があり、さらにそれぞれ多くの園芸品種があります。
一体どの品種が良いのでしょうか?どれを植えても効果があるのでしょうか?
昨年はあまり深く調べる時間も無かったので、アフリカン・トールを植えました。確かにオクラなど、ネコブセンチュウにやられやすいものでも根にコブは観られませんでしたが…。
問題となるセンチュウは?
農業・家庭菜園をやっていれば必ず耳にするセンチュウですが、種類は膨大で、記載されている種だけでも2万種を超えると言われます。
実は私の住む世界(分子生物学の世界)ではセンチュウは馴染み深く、Caenorhabditis elegansという種が様々な遺伝子の働きなどを調べるためのモデル動物となっています。
2002年にはシドニー・ブレナー、ロバート・ホロビッツ、ジョン・サルストンがアポトーシスに関する研究で、また2006年にはクレイグ・メローとアンドリュー・ファイアーがRNAiの研究で、共にセンチュウを材料にしてノーベル賞 生理・医学賞を受賞しています。
そんな役に立つセンチュウがいる一方で、農業・家庭菜園ではかなりの悪者として知られています。植物寄生性のセンチュウも4000種類以上と言われていますが、国内の家庭菜園では以下の3種が当面問題となるセンチュウと言えるでしょう。
- ネグサレセンチュウ:Root-lesion nematode, Pratylemchus penetrans(キタネグサレ)
coffeae(ミナミネグサレ)
loosi(チャネグサレ) - ネコブセンチュウ:Root-knot nematode, Meloidogyne ssp
- シストセンチュウ:Cyst nematode, Globoclera ssp
ネグサレセンチュウは植物の根内部に侵入し、移動しながら組織を破壊していきます。寄生部位や脱出・侵入孔の壊死や、細菌等の二次感染により、植物体が弱っていきます。
ネコブセンチュウとシストセンチュウは寄生時と脱出時以外、寄生部位からほとんど動きませんが、寄生個所にコブを形成し植物を弱めたり、ジャガイモなどの商品価値を落とすような傷を作ることが知られています。
これらセンチュウによる農業被害は世界で1,570億ドル/年(Singh, S. Singh, B. and Singh, A.P. 2015)とも言われ、全農業生産の12.3%を占めるとも試算されています。
そんな農業のプロでさえ困らせているセンチュウに、趣味の我々が困らせられない訳がありません(^^;
一度大量に増えてしまうと、土壌消毒のような大規模な対処も必要になってしまいます。
では、センチュウ被害を抑えるため、どんな対策を行えば良いのでしょうか?
マリーゴールド
マリーゴールド(Marigold)はキク科コウオウソウ属の植物で、属名の通り紅・黄色の花を咲かせるものが多いですね。
実は以前、綴りを勝手にMarry Goldだと思っていました(笑)
一般にフレンチ、アフリカン、メキシカンと分けられていますが、原産は全てメキシコ周辺だと言われています。ただし、それぞれは学名レベルでは異なっており、お互いに異種であると言えるでしょう。
- フレンチ・マリーゴールド : Tagetes patula
- アフリカン・マリーゴールド : Tagetes erecta
- メキシカン・マリーゴールド : Tagetes tenuifolia Tagetes minuta
ただ、国内ではメキシカン種は花苗でも種でも売っているのを見たことがありません(^^;
余談ですが、あいみょんさんの歌に歌われてるのは、断然アフリカンタイプだと思うんですよね。背の高いアフリカン・トールが青空をバックに風に揺れてるイメージそのまま。背の低いフレンチタイプですと、ちょっと目線が(^^;
抗センチュウ植物としてのマリーゴールド
さて、そんなマリーゴールドですが、すでに50年以上も前からセンチュウ対策に効果あり!と言われてきたそうです。
それを知った昨年の私は、ざっと数報の論文を読んで「使うのはアフリカンタイプだ!」と結論付けていました。植え付けまでに時間も無かったですし(^^;
ところが今年はそれなりに時間もありますので、より詳しく調べることができました。何が効くのか?どのようにセンチュウを殺すのか?どの種が最も効果的なのか?
まぁ、最後の結論に驚くかもしれません(^^;が、先ずは根拠となる代表的な論文をいくつか挙げてみましょう。
一つ目は、去年私が「使うのはアフリカン・トール!」と決めた論文。ただ、じっくり読むと、イマイチ内容に不確定な数値が見られることに気づきます(^^;
緑肥作物等の夏作への導入とキタネグサレセンチュウおよびサツマイモネコブセンチュウの発生動向
近岡 一郎 et al.
日本線虫研究会誌 第11巻 19-23 1982年3月
センチュウ対抗植物 として有効と言われる 作物 | 播種前 土壌中線虫密度 (匹/土壌50g) | 作物生育末期 土壌中線虫密度 (匹/土壌50g) | 根内線虫密度 (匹/g) |
タヌキマメ(クロラタリア) | 40 | 61 | 273.4 |
ラッカセイ | 44.3 | 11.8 | 0 |
アフリカン・マリーゴールド | 46.3 | 0.3 | 0 |
ソルゴー | 41.3 | 71.8 | 32.0 |
引用 : 緑肥作物等の夏作への導入とキタネグサレセンチュウおよびサツマイモネコブセンチュウの発生動向 近岡 一郎 et al.
このデータは分かりやすくて良いのですけれど、他のデータは「やってみました!でも結果は良くわかりませんでした!マリーゴールドとラッカセイは良さげですけど。」的な(^^;
そしてちゃぶ台をひっくり返す勢いの論文が以下(^^;
(こちらの方が発行年は古いんですが、自分の読んだ順序による感想です(笑)。それに近岡氏が書いた以前の論文が参照されてもいますので。)
各種マリーゴールドの栽植によるネグサレセンチュウおよびネコブセンチュウの密度変化
小林 義明
関東東山病害虫研究会年報 第21集 147-148 1974
データが多くの種類のマリーゴールド品種で取られているので、まとめにくいのですが、文章で書いてしまうと以下の通りです。
- ネグサレセンチュウに対してはフレンチ・マリーゴールドが良い。
- アフリカン・マリーゴールドではネグサレセンチュウの増殖が観られた。以前の近岡報告と異なるのはセンチュウの種類が違うためと考えられる。(おーい!(^^;(笑))
- ネコブセンチュウに対してはフレンチ、アフリカン共に高いセンチュウ抑制作用が観られた。
- 両種とも土壌中のネコブセンチュウ密度は3.5か月変化が無かった。(これは解釈が違うと思われます。言うなら3.5か月目までネコブセンチュウ密度が低く抑えられた。だと思います。)
- センチュウ抑制作用は後作にも継続する。
ただ、だいぶ昔に書いた両氏に失礼かとは思うのですが、どうもこういう行き当たりばったりな結果に未だにみんな影響されていると思うんですよね(^^;
では、最新の総説(見つけた中では一番新しい)を見てみましょう。これはマリーゴールドの抗センチュウ効果について書かれた論文をまとめた、ありがたい総説です。
A Review: Using Marigolds (Tagetes spp.) as an Alternative to Chemical Nematicides for Nematode Management
Mehmet Karakas, Ekrem Bolukbasi,
IJAEMS Vol-5, Issue-9, Sept-2019
以下にまとめてみました。
- マリーゴールドには抗センチュウ作用の他、抗昆虫、抗菌、抗ウイルス、細胞毒性などの作用があることが知られている。
- センチュウは基本的にはマリーゴールドの根に入ることによって死ぬ。
- 最も効果の高い物質はα-therthienylで、マリーゴールド生育中の根のみに存在する。根や葉の抽出物中には認められない(おそらく失活)。土壌中に分泌されても、その効果は限定的。
- 他に3種の抗センチュウ作用がある物質が見つかっている。
- 抗センチュウ作用が期待できるのは、基本的にはマリーゴールド生育中のみである。
- 土壌中に出される生理活性物質による抗センチュウ作用については、マリーゴールド種や品種によって異なる可能性が考えられる。
- 土壌中に出される生理活性物質による他の微生物に対する抑制作用は見つかっていない。一方で、センチュウ寄生型の菌類などを活性化するかもしれない。
マリーゴールド種 | バナナネモグリ | ネグサレ | ニセフクロ | ネコブ |
アフリカン | 効果あり | 不明 | 効果あり | 不明 |
アフリカン (Cracker Jack) | 不明 | 効果あり | 悪化 | 効果あり |
メキシカン | 不明 | 不明 | 不明 | 効果あり |
フレンチ | 不明 | 効果あり | 効果あり | 不明 |
フレンチ (Single gold) | 不明 | 不明 | 不明 | 効果あり |
フレンチ (Boy-O-Boy) | 不明 | 不明 | 効果あり | 不明 |
ハイブリッド (Polynema) | 不明 | 不明 | 悪化 | 効果あり |
Tegates signata | 不明 | 不明 | 不明 | 効果あり |
参考 : A Review: Using Marigolds (Tagetes spp.) as an Alternative to Chemical Nematicides for Nematode Management
Mehmet Karakas, Ekrem Bolukbasi,
α-therthienylが最も効果的な抗センチュウ物質であると書かれていますが、この物質は光によって活性化し、致死レベルの活性酸素を放出します。ただ根にしかないので、光はどこ?ですよね?(^^;
実はセンチュウは微弱な光(フォトン)を出しているのか!?と考えていろいろと論文を探しましたが、見つかりませんでした。残念。
また、放出された物質による抗センチュウ作用が限定的であることから、後作にまで効果が持続するというのはちょっと考えにくいです。
それでも土壌中のセンチュウ数が激減することから、マリーゴールドはセンチュウを引き寄せる誘引物質を出している可能性がありますね。
このセンチュウ誘引物質については某雑草の巧みな戦略があることが書かれた論文を見つけました。普段邪魔なこいつがこんなことを!?という論文なので、また違う機会に書きたいと思います。
結論!どのマリーゴールドが良いのか!?
で、上記総論にも書かれている結論ですし、自分も全くその通りだと思いますが…。
マリーゴールドはセンチュウ対策に有用だけれど、どのマリーゴールドを使うかは、その国や土地のセンチュウ種への効果の有無で決める必要がある!どやっ!
という何とも驚きの結果となりました(^^;
という訳で、今年はいろんな種を買いました。まぁ綺麗に畑が彩られればいいかな(笑)
ただ、個人的にご参考までにひとつ。
アフリカン・トールは止めた方が良いと思います(^^;。
まず汚い感じ(良く言えば野性的)ですし、背が高く(1.5mくらいになります)て日陰を作るし、側枝が裂けて倒れてくるし、そもそも本体もたまに倒れてくるし、終わった後の処分も面倒(^^;
根張りは良くて、確かに広く効果的なのかもしれませんけれどね(^^;
さらにもう一つ余談。
私が小学生だったン十年前、東京の某アイソトープを研究している機関の見学会に行った際に、放射線を当てたマリーゴールドの種を記念品として頂いたんです。
今のご時世で考えれば鬼畜の所業と言えます(笑)が、そんな時代もあったんですよね(笑)
もっとも、育てた際に放射線を当てたものと当ててないものを比較しなかったですし、そもそもの個体差も大きいので、どう遺伝子に影響したのかよくわからなかったんですけれど(^^;
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