菜園を楽しんでいると、どうしても直面する青枯れ病。去年はパプリカやししとう、ハラペーニョが罹患し、今年もパプリカ、ししとう、フルーツトマトや食用ホオズキがやられました。
対策を調べると、熱殺菌、土壌燻蒸やコンパニオンプランツを用いた防除法などが書かれています。しかし、どれも決定的または十分に効果的な方法は無く、「人事を尽くして天命を待つ」しか無いようです。
ここでは最近の研究動向も含め「人事を尽くすために何を行ったら良いのだろうか?」を生物学的、分子生物学的観点も交えながら考えてみたいと思います。
「十分に私的で机上の空論的」なところがあるのですが、実験としても材料が揃い次第やってみたいと思いますので、まぁこの記事については「それもアリかな」くらいに距離を置いて読んでみてください(笑)
青枯れ病とは
青枯れ病はナス科の植物が多くかかるRalstonia solanacearumというグラム陰性細菌感染による病気とされています。ナス科以外でも感染ベクトルは広く、多くの植物種に観られるようです。
この記事を書くにあたって、いろいろと論文を探してみたのですが、青枯れ病を指す英語「wilt diseasesまたはbacterial wilt」でサーチすると、ウリ科の罹るErwinia tracheiphilaというグラム陰性菌による病気も含まれていたりで、結構混乱します。
ここではRalstonia solanacearumによる感染に絞って記載していきますね。
Ralstonia solanacearumにもいくつかの系統があり、ナス科の中でもその菌系統によって発症するものとしないものがありますが、抵抗性以外のトマトは系統に依らず感染するようです。
感染は根や地上部の傷に菌が侵入することによって成立し、維管束内で増殖、細胞外マトリックス(主に多糖)を生産することでこれを詰まらせてしまいます。
発症当初は朝夕や雨天・曇天時は通常の姿ですが、晴天時には十分な水が上部に行き届かず、萎れます。これを数日繰り返すうちに枯死していきます。
自分も最初見たときは、萎れていたり元気だったりで、いったい何が起こっているんだ?と思っていました。
萎れているときに水をあげると、復活することもあったりでしたので、最初は単に水が足りないのかな?と考えていましたね。
そして驚くべきはその感染力でした。罹患した植物の根圏で菌の増殖が増すのか?植物体内で増殖した菌が何かの形で隣接する株に移るのか?は不明ですが、とにかく隣の同種の作物はすぐに同じ症状が出てきます。
こうなって初めて、抜いて排除しないとマズイ!と思いましたね。
では、青枯れ病に感染しないようにする、または治療する方法はあるのでしょうか?
次に既存の対策方法を挙げてみますね。細かいのはたくさんありますが、現実的なものに絞ります(笑)
物理的・化学的な対策
先ずは小さな家庭菜園等でもできる太陽熱土壌消毒がありますね。
夏季の熱い時を狙って、処理したいところに透明マルチを張り、太陽熱によって地温を高める方法です。熱という薬品を使わない方法なので、無農薬・無化学薬品を目指す方々には抵抗が無いと言えます。
ただ、マイナス面としては、暑い夏しか効果が得られないこと、また、栽培がその期間できないことです。ナスやキュウリなどの夏野菜などはすでに定植され、収穫も本格的になってきたころですよね。
ナス科など、青枯れの最も影響受けやすい夏がメインの野菜のための処置ですが、そのためにその年は作れない、つまり翌年のために熱消毒をするというスタンスで取り組まないといけません。
また、殺菌・殺虫・殺雑草種の効果があるのが地表から10-20 cm程度までであるのもマイナス面と言えるでしょう。
化学的な方法としては土壌燻蒸が挙げられます。使用する薬品は、古くは臭化メチル(現在ごく一部を除いて使用禁止)、現在はクロルピクリン、メチルイソチオシアネート(MITC)、MITCの前駆物質であるダゾメットやカーバムやジクロロプロペン(D-D・DCP)などがあります。
いずれも土壌中に注入し、気化薬剤難透過性資材などで土壌表面をカバーして、気化した各薬剤で殺菌・殺虫・殺種子を行うものです。
化学薬品による処理は太陽熱による処理に比べ、土壌の深いところまで効果がありますが、それでもせいぜい50 cm程度までと言われています。
化学薬品使用の問題点としては、物質によっては刺激臭などのヒトへの影響があることや、やはり気化しやすい春から秋までの期間で行う必要があることでしょう。
太陽熱による物理的(熱)による処理でも、化学薬品(農薬)を用いての処理でも、共通の問題となるのは、栽培上有利な菌なども総じて殺してしまう点にあります。
生物多様性を利用して自然に近い栽培を行いたいと考える場合、採用しにくい方法であると言えますね。
一方で、以下のように比較的早期に生物相が回復するとの報告もあります。ちょっとご都合主義的な結論なので、どうかな?とも思いますけれど(^^;
各種消毒剤の土壌微生物への影響は、消毒直後は認められるものの、時間の経過とともに回復し、1作期間終了後にはほぼ無処理区と違いがなくなるケースがほとんどであった。一方、病原菌や線虫に対する効果は高く、効率的に消毒を行うことができれば、標的微生物のみを制御し、非標的微生物への影響はあったとしても一時的であることが確認できた。
引用 : 土壌燻蒸剤は本当に皆殺し剤なのか 農薬時代 第194号(2013)豊田 剛己
他にも生物燻蒸なる方法もあるようです。(以下はリンクのみで広告ではありません(笑))
いぶし菜 辛味成分で土壌をくん蒸、清潔に!!
https://www.takii.co.jp/green/ryokuhi/chagarashi/
ちなみに私の畑は基本的に無農薬栽培です。ただ、無農薬を掲げる他の農家さんや菜園主さんの方々と異なるのは、農薬の健康へ与える影響は決められた通りに使用されている農産物であれば無視できると考えている点です。理系ですからね(笑)
無農薬=付加価値やマーケティング効果があるので、そこに注目している農家さんや菜園主さんがいるのも確かですね。
自分はそこもあまり気にしていなくて、単純に生物多様性のある畑の方が「見ててやってて楽しい」のが理由です(笑) 薬品に頼って排除(薬殺)するのも、なんか可哀そうで…。やるなら自分の手を汚します…捕殺(悲)。
接ぎ木苗の利用
菜園を楽しんでいる私たちにとって、最もお手軽で効果的な青枯れ病抑止方法は接ぎ木苗の利用でしょう。
苗は白苗(種から育てた苗)に比べてお高いですが、あっても数百円の違いですし、その後の畑での安心感は相当に高いと言えます。
ナスやトマトの台木も、青枯れ病以外の病気(半身萎凋病、萎凋病など)やセンチュウへの耐性も持った種が次々と開発・発見されています。
一方、もちろん接ぎ木苗なら完全に大丈夫かと言えばそんなことは無く、接ぎ木部分を高い位置にするなど、工夫もされてきているようです。
実際、今年(2022年)の栽培ではフルーツトマトで接ぎ木苗2株、白苗1株を栽培しましたが、3株ともやられました(^^;
コンパニオンプランツの利用
さて、私も是非や効果の有無を含めて関心のあるコンパニオンプランツですが、青枯れ病対策で相性の良い作物や植物はあるのでしょうか?
これを考える前に、とても良くまとまったレビュー論文がありましたので、ご紹介したいと思います。多々ある青枯れ病に関する論文を俯瞰的に見れるのがありがたい!
Recent Trends in Control Methods for Bacterial Wilt Diseases Caused by Ralstonia solanacearum
Microbes Environ 2015 Yuliar, Yanetri Asi Nion, Koki Toyota
ネット上で調べてみると、結構な有名サイトなどでもニラやネギなどのネギ科との混植が良いと記載されています。ネギ科の根に共生する菌がRalstonia solanacearumを抑える物質を出しているそうです。
果たして本当でしょうか?実は上記レビュー論文で記載されているコンパニオンプランツはニラだけなのです。
P. solanacearum population decreased faster in the soil grown with tomato alone than that in the soil grown with both tomato and Chinese chive. However, P. solanacearum population in bare soil was higher than that grown with Chinese chive. Root exudates of Chinese chive collected with a continuously trapping system were inhibitory to multiplication of P. solanacearum.
引用 : Allelopathic Suppression of Pseudomonas solanacearum Infection of Tomato (Lycopersicon esculentum) in a Tomato-Chinese Chive (Allium tuberosum) Intercropping System.
Journal of Chemical Ecology, volume 25, pages2409–2417 (1999) Jing Quan Yu
ではネギが良いとされる根拠・エビデンスはどこにあるのでしょうか?おそらく以下の報告書であると思われます。ただ、これは共に植える方法ではありません。
トマト青枯病菌を5 × 105cfug−1になるように接種した場合,発病株率は対照区の100 % に比べて,ニラ区,ネギ区,ピーマン区は6〜7 %, ミズナ区,コマツナ区は10〜20 % と低かった.一方,レタス区, トウガラシ区は50〜60 % と,これら5 区に比べて有意に高かった。青枯病菌接種密度が高い場合,前作作物の種類によって青枯病発病株率が異なったことから,前作作物栽培の青枯病発病抑制への関与は大きいと考えられた.
軽石培地を用いた養液栽培における前作栽培作物の種類がトマト青枯病発病に及ぼす影響
Japanese Society of Soil Science and Plant Nutrition 須賀有子 井川岳士 豊出剛己
で、ですね、科学者としてその報告書や論文に価値があるのかを評価するとき重要なのは、その論文が査読を受けているのか、その後に参考として採用されているか、追加の報告があるかなどです。
上記論文は査読を受けているようですが、残念ながら追加の報告が無いんですよね…。さらに上記英語レビュー論文の筆者と日本語の論文の筆者が同じなのですが、日本語論文の内容が英語レビュー論文中に無いんです(^^;
そうなると…青枯れ病に対するネギのコンパニオンプランツとしての効果は、無いとは言わないまでも限定的であると考えた方が良さそうです。
もしこの考え方が間違いで、ネギについてこんな報告や論文があった!というのがありましたら教えてください(^_^)
輪作の効果・雑草の影響
では輪作を行う場合、どの作物を植えると次回の青枯れ病発症を抑制することができるのでしょうか?それにはやはり先ほどの論文を引用したいと思います。
Potato cultivation rotated with wheat, sweet potato, maize, millet, carrots, sorghum, or phaseolus beans reduced the incidence of wilt by 64 to 94% while the yield of potatoes was 1- to 3-fold higher than that of monocultured potatoes
引用 : Recent Trends in Control Methods for Bacterial Wilt Diseases Caused by Ralstonia solanacearum
Microbes Environ 2015 Yuliar, Yanetri Asi Nion, Koki Toyota
元論文は以下です。
Management of bacterial wilt of potato using one-season rotation crops in Southwestern Uganda. M Katafiire et al
この論文内では1シーズン内での輪作で効果のある作物を紹介しています。小麦、サツマイモ、トウモロコシ、キビ、ニンジン、ソルガム・ソルゴーやインゲン豆を用いると、ジャガイモの青枯れ病を64-94 %抑制するようです。
夏野菜のナス科への応用では、やはり時期的には2年以上の輪作での対応になりそうですけれど。
一方で、自分は畑を休ませた場合はどうなんだろう?と思いました。寄生植物が無ければ、感染する菌は徐々に減少していくのが普通です。
しかし休ませるといわゆる「雑草」が生えてきますよね?その雑草にRalstonia solanacearumを温存する効果があっては困るんです。
で、実際に以下の雑草(?)に温存効果が観られるようなのです。(この論文、ロストしました(^^;。再発見次第掲載します。こういうのがあるので、blogにしようと思ったんです(^^; )
Black nightshade(バカナス), climbing nightshade(ツルハナナス), bittersweet(ワルナスビ), Jimson weed(シロバナヨウシュチョウセンアサガオ), purslane(スベリヒユ), mustards(カラシナ), lambsquarters(シロザ), bittergourd(ゴーヤ).
この中で畑の雑草として目立つのはスベリヒユでしょうか。自分の畑でもスーパーベジタブルとして生えてきたものを温存してたまに食べるのですが、生えさせる場所は少し検討が必要かもしれません(^^;
土壌添加物・抵抗性を増すための苗や種への処理
他にお手軽な方法はあるでしょうか?やり方としては、土に何かを混ぜる方法、苗や種を漬けたりまぶしたりする方法が楽ですよね。
論文を探してみますと、このような方法に関しては100報を超えて見つかります。ただ、個人でも安価にできるものを紹介しましょう。
一つはとても簡単。食塩水に種を漬けると、トマトで青枯れ病の発症を抑えるというものです。
Low sodium chloride priming increases seedling vigor and stress tolerance to Ralstonia solanacearum in tomato.
Plant Biotechnology Makoto Nakaune et al
この論文では300 mMのNaCl(食塩)中に25 ℃の暗条件で24 時間浸すことによって、青枯れ病を40 %程度抑えることが示されています。発芽率や根の張りも良くなるようですね。300 mMが低濃度といえるかは?ですけれど(^^;
ちなみに300 mMのNaCl(食塩)は17.532 gを1 Lの水に溶かすとできます。海水の総塩濃度のおおよそ半分。
原理としては食塩によって誘導される青枯れ病耐性遺伝子発現が高まることが理由のようです。もしかしたら他の種でも応用できるかもしれませんね。
他に簡単にできるのは「有機質の添加」です。これには2通りありまして、単純に堆肥や肥料として入れる方法と、育てた植物を鋤き込む方法です。
先ずは堆肥についてですが、堆肥を多く入れた際に植物が発現する4種(詳細は以下引用論文参照)の酵素によって、青枯れ病菌に対する耐性が上がるというもの。さらに豚プン堆肥が推奨されています。
鋤き込む植物として効果があるのはトウガラシ、ヌルデ、クローブ、アブラナ科植物、ナス、ユーカリ、ゼラニウム、グアバ、ヒノキ、スギ、レモングラス、マリーゴールド、ニーム、パロマローザ、キマメ、サンヘンプ、タマリロ、タイム、ウルシ、ワームキラーが知られているそうです。
参考 : Recent Trends in Control Methods for Bacterial Wilt Diseases Caused by Ralstonia solanacearum
Microbes Environ 2015 Yuliar, Yanetri Asi Nion, Koki Toyota
まとめますと、豚プン堆肥をメインに多めに施し、油粕などの有機肥料を追加するのが良いかもしれません。また、鋤き込むにはマリーゴールドやゼラニウム、育てた後のトウガラシ、ナスがついでにできて良さそうです。
そして農研機構からヒスチジンなどのアミノ酸によって青枯れ病が抑制できるという報告もあります。
トマトを植えたポットをヒスチジン溶液に浸漬し、培養した後に青枯病菌を感染させると、対照区である水だけを与えた場合と比較して発病が抑えられることが実験室内の実験で確認されました。さらにアルギニンやリシンなどのアミノ酸も、ヒスチジン同様、青枯病発病抑制効果を示しました。同じナス科のタバコやアブラナ科の一種であるシロイヌナズナの青枯病に対しても、これらのアミノ酸は発病抑制効果を示すことが確認できました。
引用 : 農研機構プレスリリース トマトの青枯病にアミノ酸が効くことを発見
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nias/072039.html
これは今後土壌添加剤などの形で出てくるかもしれません。
ちなみにこのシロイヌナズナの種って、センチュウとの関りが超面白いんです。今度(いつか(^^;)記事にしたいと思います。
私の対策案
簡単に言ってしまえば、上記の各対策でできるものを取り入れていきたいと思っていますが、それではただのお知らせになってしまいますので、分子生物学者としての私独自の対策案を挙げてみたいと思います。
特に注目しているのは農研機構から発表された「ヒスチジン、リシン、アルギニン」などのアミノ酸が有効であるということです。
これを元に「有機質の土壌への添加」が効果があると思い調べると、前述の通りやはり堆肥や有機質の土壌への添加が有効であるとの報告や論文がいくつも見つかりました。
ただ、この2つを結び付けた論文や報告は見つけられていません。
アミノ酸は有機質がプロテアーゼによって分解されることによって土壌中に供給されていきます。そこで、土壌中のプロテアーゼにどのような種類があるのか調べてみました。すると、以下の論文が見つかったのです。
土壌中のプロテアーゼ生産微生物
土と微生物 No.47,P 9〜22 1996 渡辺克二 早野恒一
この論文によると、土壌中のプロテアーゼは主に金属プロテアーゼ(メタロプロテアーゼ・メタロプロテイナーゼ)であるということが記載されていました。
実は以前我が社でも某化粧品会社さんとコラーゲン分解酵素の阻害ペプチドの開発でコラボレートしたり、某大学医学部さんと腎臓で発現する某酵素の相互作用を研究したりしたのですが、このコラーゲン分解酵素や酵素もメタロプロテアーゼでしたので、結構馴染みがあるんです。
そして土壌の有機質が分解され、植物に利用されるに当たり、律速段階となっているのがプロテアーゼによるタンパク質分解反応であるとされています。
つまりこのメタロプロテアーゼの生産量が増加すると、土壌中に多くのアミノ酸、つまりヒスチジン、アルギニンやリシンが生じ、青枯れ病への耐性が強くなる可能性があります。
また、植物への栄養供給という観点からも有用かもしれません。
そこで検討してみたい方法は、微量元素としての亜鉛(亜鉛イオン)の添加です。
メタロプロテアーゼの多くは、その活性中心に亜鉛イオンを持っています。つまりこの酵素が生産されて活性を発揮するには亜鉛イオンが必要な訳です。
亜鉛イオンの微量元素としての添加は安価にできると考えられますし、危険でもありません。
という訳で、現在フルーツトマトの脇芽を利用した実験準備をしているので、結果が得られ次第、またご報告したいと思います。
ただ、今後秋に向かって(現在9月29日)気温が下がり、青枯れ病が発症しにくい季節になりますので、実験できるのは来年かもしれませんけれど(^^;
P.S.
この記事は書くの疲れました(^^;
コメント